春秋

2020/4/29付
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「僕はものすごい恥ずかしがり屋なの。しらふじゃあなたの顔もまともに見られない」。8回目の退院の日と重なった取材の途中で、赤塚不二夫さんはコップに焼酎を注ぎはじめた。米映画をもじり、「人生は、酒とギャグの日々」と笑った。20年ほど前のことである。

▼おそ松くん、天才バカボンといったギャグマンガの数々は、スタッフらと「バカを競うように」飲み、描いてきた。その結果、少女マンガでも傑作を生んだ細かな線を引く力を奪われ、「婦人科以外のすべての病」を得る。それでもこの道しか、このやり方しかなかったのだ。そんな達観と満足感をたたえた笑顔に思えた。

▼赤塚さんは旧満州で生まれ育った。敗戦の混乱のなか、母親に手を引かれての引き揚げが原体験となる。幼い胸に刻み込んだ言葉は「没法子(メイファーズ)」。中国語で「しかたがない」の意味だが、それはあきらめ、投げ出すことではない。悲しみも不条理もすべてを受け入れ、そのうえで前へ歩む。そう受け止めた。

▼会いたい人と会ってはいけない。行きたいところへ行ってはならない。私たちもいま、不条理のさなかにある。災いがすぐには去らない以上は、倦(う)まず弛(たゆ)まず明日へ向かうしかない。そう念じれば少しは気持ちが軽くなるだろうか。赤塚さんは没法子を自分流に訳して、バカボンのパパに言わせ続けた。「これでいいのだ」

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