春秋

2020/4/17付
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空港におりた飛行機の中でBGMとして流れたビートルズの曲に、ひどく動揺する37歳の「僕」。青春のさまざまな喪失の体験がよみがえったのだ。曲と同名の小説「ノルウェイの森」の冒頭である。村上春樹さんが1987年に発表、上下巻で1千万部を超えている。

▼主人公のように、両手で顔を覆うほどではないけれど、今年2月、岩手県にある東北新幹線の一ノ関駅で発車メロディーを聞き、懐かしさに思わず詞が口をついた。「夕暮れ時はさびしそう」。叙情派フォークの名曲である。地元の高専出身者らのバンドが74年にリリース。若き日、心を動かされた方も多いのではないか。

▼近ごろ、ホームの音は多彩だ。埼玉県の川口駅はホルスト「惑星」、JR上野駅ではワーグナーの曲を聞いた。京都駅では野鳥のコマドリが「ヒンカララ」と鳴く。遠出はもちろん、ちょっとの外回りでも、日常にない環境に五感をさらせば、旅情のようなものが芽生えよう。だが、それもウイルスのせいで難しくなった。

▼連休中の新幹線の予約は前年比1割以下というし、飛行機も減便が相次ぐ。外出も自粛、人との接触もさらに避けよ、となれば毎日は潤いや趣に欠けがちになろう。とはいえ、去らない危機はないともいう。雲にさそわれるように自在に足を延ばし、人と触れあえる時は必ず戻ってくる。その時、どんな歌を口ずさもうか。

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