春秋

2020/4/1付
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このあいだから、いささか腑(ふ)に落ちぬ言葉がある。東京五輪・パラリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして」開くという言い回しである。安倍首相やその周辺の人々、五輪関係の面々から聞こえてくる「打ち勝った証し」――。過去形なのだ。

▼コロナ制圧の意気やよし。しかし気になるのは「打ち勝った」の未来図に惑わされ、いま全力を尽くすべき感染との戦いに楽観が生じないかということだ。国際オリンピック委員会(IOC)と日本側は、延期した五輪を旧日程の1年後、来年7月23日開幕と決めた。たしかに目標はできたが、敵はそんなにヤワだろうか。

▼そもそも延期に伴う膨大な作業がある。開催国の日本は、ウイルスと戦いつつこれにも対処しなければならない。そんな二正面作戦を強いられるわけだ。「7.23」は迫る、感染は終息しない。そうなったときの心構えだって必要だろう。昭和の戦争指導者みたいに、現実から目をそむけて精神論をぶつわけにはいくまい。

▼「人類が……」と言うならば、まさに人類が襲われてきた感染症の歴史を見つめたいものである。たとえば1918年から始まった「スペイン風邪」の流行は国内でも3波に及び、特に2度目がひどかったという。内務省衛生局が報告書をまとめたのは4年後だった。ようやく過去形で書かれ、死者38万8727人とある。

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