春秋

2020/3/31付
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あらゆる表現行為には、どんな効用があるのか。米国の作家カート・ヴォネガットはかつて講演会で、「坑内カナリア芸術論」なる自説を開陳した。表現者は高感度だ。ゆえに炭鉱の坑道で有毒ガスを探知するカナリアのように、社会の危険な変化を発信するのだ、と。

▼そして、こう続けた。「きょうこの会で私にできる最善のことは、(坑内のカナリアのように)気絶することかもしれません。ところが、芸術家は毎日何千人も気絶しているのに、だれも全然注意を払ってくれないようです」。第2次世界大戦の欧州戦線に従軍し、ドイツ軍の捕虜になった作家らしい苦いユーモアである。

▼日本を代表する喜劇人、志村けんさん(70)が、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった。年末に公開予定の山田洋次監督の映画「キネマの神様」で、主役を演じるはずだった。庶民の哀歓に寄り添ってきた街角の名画座の灯を守りたい。そんな思いを寄せる市井の人々の連帯を描く物語だ。練達の演技を見たかった。

▼各国で映画館が休館し、演劇、コンサートの開催中止や延期が相次ぐ。欧米の政府は、文化芸術に従事する個人や組織に対する公的支援を決めた。「文化は良い時にのみ与えられるぜいたくではない」とは、ドイツの文化担当大臣の言だ。世界は未曽有の危機に立ちすくむ。こんな時こそ、カナリアたちの歌声を守りたい。

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