春秋

2020/3/17付
保存
共有
印刷
その他

どこの駅にも、エレベーターやスロープがある。ホームや電車のなかに、車椅子の人がいる。いまは何気ない風景だが、昭和、いや平成時代の初めごろはどうだっただろう。不十分とはいえバリアフリー化が進み、車椅子をよく見かけるようになったのは近年のことだ。

▼こうなるまでには、障害のある人たちによる長い闘いがあった。1970年代には、車椅子でのバス乗車を拒否されることも珍しくなかったのである。そんな時代を経て法律が整い、世間の意識も変わり、かろうじて現在がある。その歴史を凍りつかせたのが、2016年に「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件だろう。

▼相模原市の障害者施設で入居者19人の命を奪った男に、横浜地裁は死刑を言い渡した。「障害者は不幸をつくる」と言い放ち、公判中もいっさい自省を見せなかった被告である。そこにあるのは、強い者だけを残し、弱い者は摘むべしとする優生思想だ。極刑は下ったが、凶行の奥にひそむ妄念はすくい取れぬままである。

▼特殊な事件だった、極端なケースだったと片付けてはなるまい。思えば四半世紀前まで、旧優生保護法には強制不妊手術を認める規定が存在していた。駅にエレベーターが増え、車椅子が珍しくなくなっても、この世に優生思想は根強く残っているのだ。ネット空間には、この被告にくみする書き込みが少なからず見える。

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ



[PR]