春秋

2020/2/16付
保存
共有
印刷
その他

最盛期を迎えたカキの出荷のようすを岩手県の三陸沿岸で見せていただいた。陸前高田市の鈴木栄さん(68)の作業場では、30センチもの殻が次々に開けられて、大ぶりの身が取り出される。「食べてみてよ」。口の中いっぱいに素朴な塩味と上品で濃いうまみが広がった。

▼市は東日本大震災で最大18メートルもの津波に襲われ、1800人以上が犠牲となった。鈴木さんも家や船を失い途方に暮れたが、今は80もの養殖イカダを管理し、年8トンを出荷する。「夏はここで大きなタライに湯を沸かし、余計な貝を駆除します」と甲板上で話してくれた。寡黙だがきびきび働く40代の息子さんも頼もしい。

▼広田湾と呼ばれる波静かで、栄養あふれる海は、漁業者のていねいな仕事に恵みで応えてくれる。だが、洋上から陸を眺め、気がかりなこともあった。コンクリートの高い堤防が延々と続いていることである。森から流れ込むミネラルが豊かな海をつくっていると聞くが、このままでは補給が途絶えがちになりはしまいか。

▼白砂青松と称された海岸でも広大な公園の整備が進む。専門家の中には、水と陸地を隔絶せず、動植物の息づく浅瀬や湿地を園内に造成すべきだ、と主張する向きもある。湾の生態系にも有用で、憩いの場にもなるという。海を囲む灰色の壁や地面は濃厚なうまみや人々の絆を将来も保証するか。まもなく震災から9年だ。

電子版の記事が今なら2カ月無料

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

電子版トップ



[PR]