春秋

2020/1/27付
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志賀直哉の「灰色の月」の結びはこうだ。「昭和二十年十月十六日の事である」。この夜、作家は山手線で上体を前後に揺らす妙な動作の少年と乗り合わせる。会話はできるが、ひどい栄養不足で死期が近いようだ。周囲も状況を察し、なすすべなく押し黙るのだった。

▼前日15日には時の大蔵大臣、渋沢敬三が「来年度は餓死者と病死者が1千万人に上る」と見通しを語っている。この年、戦争による荒廃と肥料不足に天候不順も重なって、コメは40年ぶりの不作。冬に入り空腹と寒さが人々をさいなんだ。翌年1月26日には食糧の輸入も始まり、フィリピンから小麦1千トンが到着している。

▼以来七十数年。いつ何時でも好みの飲食品が買え、望めば未明まで広々とした席で料理を前に語らえる。コンビニやファミリーレストランのおかげだ。どの時代にもなかった豊かさを味わってきたのである。だが、そんなスタイルも転機なのか。コンビニの店舗数が減少に転じ、ファミレスは営業時間の短縮に動き出した。

▼人件費の高騰が主な理由と聞くが、後景には少子高齢化の影がさしていよう。人々のニーズをかなえようと突き進んだ道はピークに達したかにみえる。「灰色の月」の場面は遠いかなただ。ここから先のルートは「縮み方」を身につけねば踏破は難しい。前例なき挑戦だろう。登山の格言がある。登りは体力、下りは技術。

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