環境情報、企業は積極開示を 対話通じ株主・投資家と信頼
Earth新潮流 日経ESG編集部 馬場未希

2020/1/24付
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トヨタ自動車の気候変動対策に関する情報が、ESG(環境・社会・企業統治)の専門家の間で高く評価されている。昨年発行した環境報告書で開示した。トヨタが掲げる2030年めどの環境目標が、気温上昇を2度未満に抑える社会となっても戦略として有効かどうかやレジリエンス(回復力)を備えているかを検証した。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に基づく分析・開示の好事例である。

トヨタ自動車は高級車ブランド「レクサス」のEVを投入する(19年11月の中国・広州モーターショー)

トヨタ自動車は高級車ブランド「レクサス」のEVを投入する(19年11月の中国・広州モーターショー)

トヨタは、21世紀末の気温上昇を1.75度に抑えるために世界で気候変動対策が強化されるケースでは、走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しないクルマ(ZEV)などの需要が加速すると予測。その需要増に戦略的に対応できると示した。

ハイブリッド車(HV)の開発を通じて電動車に欠かせない要素技術と量産基盤を築いており、ZEV開発に生かせるため需要増に対応できるという。中長期にわたる気候変動対策強化のリスクに強いと鮮明に伝えた。

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金融安定理事会(FSB)が気候変動は金融市場に危機的な影響を及ぼし得ると認識を示したのが15年。FSB傘下のTCFDは、投資家や金融機関、保険会社などに、投融資・保険の対象企業の財務が気候変動から受ける影響の考慮を求めた。企業にも、投資家などが参照するための情報開示を求めている。

例えば、気温上昇や異常気象の激甚化によってビジネスや設備、原料生産地にどのような影響が及ぶか、気候変動対策の強化によって対策コストや市場がどのように変化すると予測されるか。その変化にどんな戦略で対応するかという情報だ。そして今、企業の開示が始まった。

「TCFDを乗っ取ろう」。日本の産業界では今、こんなかけ声も聞かれる。

今や世界で970社を超す金融機関や年金基金などの投資家の他、エネルギー関連会社や製造業などの企業がTCFDへの賛同を表明。中でも230社近くが賛同した日本はTCFD大国とも呼べる。他の国では投資家の賛同が多いのに、企業が目立つのも日本の特徴だ。

産業界にはTCFDを戦略的に使おうとの意欲がある。気候変動の題目で企業を評価するとCO2排出量や、石炭などの設備や資産の価値が減る座礁資産化の可能性に目が向く。だがそんなリスクばかりでなく、「機会」に投資家の目を向けようというのだ。

日本の省エネ・低炭素型の製品や技術は気候変動の抑制に貢献する。中長期の脱炭素を実現するイノベーションを期待できる技術力もある。TCFDを使って、魅力的な投資機会として投資家に伝える考えだ。投資家の評価軸で一方的に評価されるのでなく、評価すべきポイントを企業自ら伝え、投資判断に生かしてほしいとの思いもある。

また、TCFDが企業に求める分析や開示は世界の多くの企業にとって未知の挑戦で先行例がない。率先して開示し、他社が追随すれば、自社の強みを伝えやすい開示方法で世界標準を取るチャンスにもなる。

鉄鋼業でもTCFD開示が本格化した。製鉄工程でCO2を排出するため、一般に気候変動対策が強化されるリスクに弱いと見られている業界だ。

JFEホールディングスは気候変動防止に貢献する戦略を持ち、気温上昇を2度に抑える場合のリスクに強いことを伝えるためTCFDを生かす。昨年発行の統合報告書に情報を開示した。

同社は「鉄鋼プロセスの脱炭素化」が要請される脱炭素社会への移行を想定。省エネ技術の活用と革新技術の開発、導入で、気候変動対策に貢献できるのに加えて同社の財務にも好影響があるとの分析を示した。

JFEスチールの製鉄工程は世界で最高レベルのエネルギー効率であると説明。20年度には「フェロコークス」と呼ぶ新しい技術を導入予定で実現すれば最大10%省エネできるという。また、石炭を水素に変えCO2を減らす革新技術の開発にも言及し、中長期で脱炭素社会に大きく貢献できると示した。省エネや水素利用技術の開発はJFEホールディングスの中期経営計画で主要な施策の1つ。気候変動の戦略が、経営と一体であると印象づけた。

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一方、脱炭素社会では炭素税や排出量取引制度といった炭素価格の強化も想定される。投資家には操業コスト増を招くリスクと見られかねない。

この懸念には「コスト競争力を維持できる」と一般の見方の逆を行く分析で投資家の懸念を払った。高効率で鉄を生産するため世界の同業他社と比べて炭素価格の上乗せを抑えられるという。

同社が意欲的に情報開示した背景には、投資家からESG、特に気候変動対策に関するエンゲージメントを求められるケースが増え、気候リスクが投資家の優先的な関心事になったと経営陣が認識したから。だが、「業界を挙げた温暖化対策の成果や技術開発などを投資家に伝えきれていなかった」と、財務を担当する田中利弘専務執行役員は話す。

12月、田中専務執行役員は統合報告書の英訳を携え欧米を訪れ、大株主やESG投資で有力な十数の投資家と面会した。気候変動のリスクや戦略をいち早く開示した点が高く評価されたという。

また国内金融機関のESG投資担当者も「経営戦略と一体感ある気候リスク対応と戦略を示した」と評価する。

TCFDに基づく開示を通じて産業界は中長期の企業戦略を語り始めた。気候リスクが大きいとみられる業界ほど、脱炭素社会を生き抜く中長期の戦略と、それを伝える努力が必要になる。

[日経産業新聞2020年1月24日付]

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