春秋

春秋
2020/1/15付
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洋酒会社で働いていた開高健が芥川賞を受けたのが1958年1月、27歳の時だ。取材攻勢に加え、勤め先の社長も自宅に来て「大変な宣伝になる」ともち上げたらしい。午後遅く、銭湯に行く途中、近所の子らのママごとを見て笑い、やがて涙がぽろぽろ出たという。

▼男の子が「ボク、受賞サッカだよゥ」と胸をそらすと、女の子が「マ、何ですね。お体にお気をつけなさって」などと応じ、土のダンゴを差し出したそうだ。自伝的小説「夜と陽炎(かげろう)」にある。世間の隅々までが認める栄誉。それに輝いた当惑や感激があふれたのだろう。第162回の芥川賞は、今日の夕、受賞者が決まる。

▼開高はその後、ベトナム戦争の前線に赴いたり、平和運動に取り組んだりと文壇の枠におさまらない活躍を続けた。若者向け雑誌に人生相談を連載し、釣りを通じ世界の秘境もガイドしてくれた。自ら芥川賞を選ぶ側になってからは「作品ではなく作文」「身辺雑記にすぎない」など候補作を一刀両断する選評が目立った。

▼「批判精神で現実と切り結べ」と後進を励ましたのだろう。今、ポピュリズムや分断の影が世界を覆う。日本だって、いや応ない少子高齢化に身をすくませたままだ。文学の鋭い洞察が新たな気づきにつながれば、泉下の開高も口元を緩めるか。こんな弁もあり身が引き締まる。「作品には鮮烈な一言半句を求めるだけだ」

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