春秋

春秋
2019/11/26付
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能の「隅田川」は、京の都で人買いにさらわれてしまった我が子をさがし求めて、はるばる東国へと下った女の物語だ。心配と焦燥から心のバランスを失い、手にササの枝を持って登場する。川の渡守とのやりとりは、子どもを思う親の気持ちが切々と伝わり心を打つ。

▼17日から行方不明だった大阪市の12歳の女児が23日、栃木県内で無事保護された。母親は再会したまな娘と強く抱き合い号泣したという。押しつぶされそうな不安から解放された安堵のほどいかばかりだろう。警察は35歳の男を誘拐容疑で逮捕、調べを進めているが、ここでも重要な小道具がSNS(交流サイト)である。

▼女児と男はSNSで知り合ったらしい。渋井哲也さん著「ルポ平成ネット犯罪」はこんな分析をしていた。日常で「生きづらさ」を抱える若者らはネットを通じ、家庭や学校、地域以外の見知らぬ人との交流を選ぶ傾向がある――。周囲から規定された自分を解放して「本当の自分」を出せるような気がするからだそうだ。

▼だが、現実にはゆがんだ欲望や悪意が待ち受ける例も多い。数々の事件が示す通りだ。能の悲しい結末と異なり、今回、女児は救出され、容疑者は東国から西国へと移された。捜査や公判を通じ、教訓も引き出せようが、端末を指先で触ることで未知の誰かに助けを求める層は減らない気がする。社会が背負う課題である。

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