春秋

春秋
2019/11/24付
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かつて長崎市を訪ねた際、「深堀さん」「片岡さん」と知り合った。これらの姓には、近世以降、時の権力に弾圧されながらも信仰を貫いたキリシタンの子孫もいる。ご本人から、そう聞いた。私たちが教科書で学ぶ日本の禁教政策は、彼らにとって祖先の悲史である。

▼浦上天主堂の近くに住む深堀繁美さん(88)も信徒の末裔(まつえい)だ。1945年8月9日。学徒勤労動員で、爆心地から数キロ離れた三菱重工長崎造船所で働いていた。防空壕(ごう)に逃げ延びた時、立ちのぼるキノコ雲を見た。自宅に戻る道端で目にした惨状が、今もよみがえるという。わが家にたどり着くと、姉たちは息絶えていた。

▼その年の11月。焼けた旧天主堂の廃虚前で、慰霊祭が営まれた。弔辞を読み上げたのは「長崎の鐘」などの著作で知られる医師で信者の永井隆だった。弾圧に耐え、信仰を守った聖地・浦上への原爆投下を、「神の摂理なのか」と問うた。深堀さんは、「多くの参列者がむせび泣いた」と証言する。あれから74年が過ぎた。

▼きょう、ローマ教皇(法王)フランシスコが長崎と広島を訪れ、核廃絶を訴える。長崎でのミサに参加する深堀さんは数年前から、「自分の子どもにも話さなかった」という戦禍の体験と祖先の苦難の歴史を、修学旅行生などに伝えるようになった。「生き残った者の使命」だと語る。被爆都市は、鎮魂の祈りに包まれる。

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