春秋

2019/11/4付
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先日、身内を見舞いに病院を訪ねた際のことだ。入院病棟の談話室で、テレビのニュースに見入るお年寄りの患者がいた。台風19号の被災地、長野県の千曲川流域や東北の土砂崩れ現場の悲惨な映像を前に、独りごちた。「空襲で焼け出されたときのことを思い出すの」

▼80代後半だろうか。その女性は、1945年5月の「東京・山の手空襲」で、焼夷(しょうい)弾が注ぐなか、幼い弟の手を引き明治神宮に逃げた。玉音放送は、勤労奉仕をしていた日本橋の繊維工場で聞いた。74年前の記憶がせきを切ったようによみがえる。家族や住居を失った被災者に寄せる戦争体験者の共感のまなざしであろう。

▼村上春樹さんは、1995年の阪神大震災と地下鉄サリン事件について、こう語っている。「それらはおそらく、一対のカタストロフ(破局)として私たちの精神史を語る上で無視することのできない大きな里程標として残ることだろう」。天災と暴力。異なる悲劇に、共通する何かを見いだし、いくつかの小説を紡いだ。

▼女性にとって、戦禍の記憶を呼び覚ました台風19号の心象風景とは何だったのか。無力な祈りか。家族の情愛か。同じ被災地の映像に接しても、こみ上げる思いは世代間で異なるのだろう。その後、街角で「昭和ひとけた」とおぼしき方々を見かけると、お尋ねしたくなる。相次ぐ厄災で喚起される来し方の物語について。

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