/

この記事は会員限定です

池森賢二(2)伊勢から新潟へ

母の実家 命懸けの疎開 終戦後 カエル煮て食べる

[有料会員限定]

昭和12年(1937年)に三重県宇治山田市(現・伊勢市)で5人兄弟の次男として生を受けた。父は東洋紡の技術者で、勤勉なサラリーマン。伊勢神宮の外宮から徒歩10分ぐらいの場所に社宅を構えていた。

もっとも私にとっては伊勢より母の実家との縁が深い。母の祖父は新潟県出雲崎町で帝国石油(現・国際石油開発帝石)で働きながら、農業をしたり、保険の勧誘を手がけたり、地元の名士だった。出雲崎は近年、黒人の演歌歌手のジェロさんが歌った土...

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り1150文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

池森賢二

ファンケル会長の池森賢二さんは1980年に無添加化粧品のファンケルを創業し、人々の「不安、不満、不便」を解消しようと奮闘してきました。子供のころに父を亡くし、中学卒業後に様々な職業を経て起業した激動の人生を振り返ります。

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン