春秋

2019/10/30付
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夕食前にはスコッチ。水割りでちょっと飲んだら、食中酒はワインか日本酒。あとはジントニックも……。緒方貞子さんが晩年、朝日新聞のインタビューで私生活を語っている。「何か飲まないと食事にならないもの」。自然に身についた米国流のひとつだったらしい。

▼名門の出身である。曽祖父が五・一五事件で凶弾に倒れた首相の犬養毅、父親は外交官だった。それで幼少時からサンフランシスコで暮らし、戦後も米国に留学している。こう書けばお高くとまったセレブっぽいが、国連難民高等弁務官時代の徹底した現場主義と行動力は世界の目を見張らせた。孤軍奮闘は10年に及んだ。

▼リベラリズムとリアリズム、冷静と情熱をともに備えた稀有(けう)な人であったろう。学究生活を送りつつ、国連の場で人権を守る仕事を地道に続けていた時期もある。日本よりも海外で名が知られていたのだ。のちに小泉純一郎政権で外相就任を懇請されたが辞退した。日本型組織の不自由さを悟ってのことだったに違いない。

▼思索と行動の、その人が亡くなった。難民高等弁務官に選ばれたとき、周囲から「残念ながらあなたの仕事は成長産業だ」と言われて奮い立ったという。なのに不条理はいまも「成長」を続けている。かつて緒方さんの視野を開いた米国も、世論の分断に苦しむ始末だ。この星は天上から、どんなふうに見えているだろう。

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