引き継ぎのマネジメント
SmartTimes 東京農工大学教授 伊藤伸氏

2019/10/23付
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転職の経験者から「前任者から引き継ぎの説明を受けなかった」「メモ程度の引き継ぎ項目が渡された」と嘆く声が聞かれることは日常茶飯である。OJTという名目の「習うより慣れろ」の拡大解釈が横行している場合もあるだろう。

新聞記者を経て、2001年農工大ティー・エル・オー株式会社設立とともに社長に就任(現任)。2013年から東京農工大学大学院工学府産業技術専攻教授。大学技術移転協議会理事。

新聞記者を経て、2001年農工大ティー・エル・オー株式会社設立とともに社長に就任(現任)。2013年から東京農工大学大学院工学府産業技術専攻教授。大学技術移転協議会理事。

一因は就職時に雇用主と従業員が交わす職務記述書の記載が簡素で、業務範囲が曖昧なためだ。記載が具体的で詳細な米国の職務記述書とは比較しようもないが、経営側にとって柔軟な人材配置ができる利点もあるため国内では慣行が続いている。ときおり問題になる芸能界の例では、職務記述書自体が存在しないのだろう。もう一つの理由は前任者が引き継ぎに身を入れないためだ。退職が決まった従業員の心は大抵、次の職場に向かっている。

こうした状況は引き継ぎを受ける後任者の苦労で済む問題ではなく、職場や企業全体に影響する。特に前任者だけが保有する業務の知識が重要であればあるほど引き継ぎの失敗は深刻になる。引き継ぎにも知識マネジメントの知見を取り入れることが重要だろう。

個々の従業員が保有する業務に関する知識は企業にとって競争力の源泉だ。ただし知識の保有は有利な立場をつくり出すため、組織内でも従業員は知識を他者に提供しないという「粘着性」が指摘されてきた。企業全体の視点から知識共有を実現するためには属人的、経験的な知識の形式化を戦略的に進める必要がある。形式化が難しい知識こそ特殊性が高く、他では得られない可能性がある。

実証研究では従業員間で職務や目標に相互の依存性を持たせる手法も知識共有に有効と明らかになっている。自分の職務を進め、目標を達成するには他の従業員との連携が不可欠な仕組みにするというわけだ。

円滑な引き継ぎには職場を協業的にする必要もある。サイボウズのチームワーク総研が2月に24歳から35歳の会社員男女400人を対象にインターネット調査したところ、業務引き継ぎ時の問題として「十分な時間がなかった」や「仕事の全体像や過去の履歴が分からないまま引き継がれた」という回答が多く挙げられた。引き継ぎが円滑だったと回答したグループでは、部署やチームの人間関係について「風通し良く円満な関係である」との回答割合が高かった。

協業的な職場にするには、人事評価や業務の進め方における公正感やコンプライアンスも重要である。逆に職場いじめやハラスメントは深刻な影響を及ぼす。こうした引き継ぎのマネジメントは、従業員の育成とも表裏一体の関係がある。引き継がれる業務を企業として把握していなければ、従業員のどのような能力を向上させればいいか理解できないだろう。引き継ぎのマネジメントは突き詰めれば、生産性向上のための職場のマネジメントそのものである。

[日経産業新聞2019年10月23日付]

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