起業家と石のスープ
SmartTimes WAmazing代表取締役社長CEO 加藤史子氏

コラム(ビジネス)
2019/10/21付
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「ネットワーク外部性の効果」について前回書いた。ある製品やサービスを使う人が多いほど、その価値が大きくなるというものだ。アマゾン・ドット・コムやフェイスブックなど世界の時価総額の上位を占めるプラットフォーム企業は、この効果を最大化することに成功している。

慶応大卒、1998年リクルート入社。ネットの新規事業開発を担当した後「じゃらんリサーチセンター」に異動し、観光による地域活性化事業を展開。2016年WAmazing創業。

慶応大卒、1998年リクルート入社。ネットの新規事業開発を担当した後「じゃらんリサーチセンター」に異動し、観光による地域活性化事業を展開。2016年WAmazing創業。

最近、米国発のベンチャーでシェアオフィス事業を展開するウィーワークが創業経営者の退任や新規株式公開(IPO)の延期で話題になった。シェアオフィス事業自体は、そこまでネットワーク外部性が働くものではない。しかしウィーワークはコワーキングスペースにコミュニティープラットフォームを構築し、利用者同士をネットワーキングした。そしてアウトソーシングや求人、業務提携などの取引コストを下げ、コミュニティー内のメンバー間の取引を活性化しようという構想を掲げていた。

いわばビジネス版シェアリングエコノミーだから、参加するメンバーが多ければ多いほど価値が高くなる。これこそが時価総額5兆円という高評価につながる源泉だろう。しかし上場申請のために提出した目論見書から巨額赤字が明らかになった途端、一気に歯車は逆回転し始めた。

私は批評をするつもりも、その立場にもない。ただ、ヨーロッパの寓話(ぐうわ)「石のスープ」の話を思い出した。ある小さな村におなかを空かせた旅人が通りがかる。村の入り口にある家で食べ物を恵んで欲しいと頼むが、断られてしまう。旅人はしばし考え、路傍の石を拾い上げて断られた家のドアをもう1度ノックする。今度は「実はおいしいスープができる魔法の石を持っているのです。鍋と水だけ貸してもらえませんか」と頼んだのだ。

家の者が好奇心にかられて水をいれた鍋を旅人に渡すと、旅人は村の中心の広場で鍋に石を入れて煮込み始める。興味を持った村人たちが家々から出てきて遠巻きに眺めている。そこで旅人が鍋のスープを味見し「この石は古くて味が少々薄い。塩を少し足せればなあ」と大きな声で独り言を言うと、村人の1人が塩を持ってくる。また旅人はスープを味見し「ローリエの葉が1、2枚あれば最高だが……」と言い、別の村人がそれを持ってくる。同様の方法で野菜や肉が鍋に投入され、やがて鍋のスープは完成した。それは素晴らしくおいしいスープで、旅人と村人たちは一緒に食事を楽しんだという話だ。

この話自体にネットワーク外部性の効果が働いている。旅人を信じた村人が増えれば増えるほど、スープはおいしくなるのだ。しかし、もし塩や肉が投入される前に村人の誰かがスープを味見したならば、旅人のうそは、すぐさまばれてしまっただろう。ウィーワークの創業者、あるいはすべての起業家は魔法の石を持った旅人である、というのは言いすぎだろうか。

[日経産業新聞2019年10月21日付]

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