春秋

2019/10/16付
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今年の夏、弥生時代を研究する考古学者から、こんな話を聞いた。「歴史上、水田での稲作が始まった地域は後戻りできない大きな変化をとげる」。集団に指導者が生まれ、他のグループとの争いも起きる。作柄に直結する水路を整え、守らねばならないからだという。

▼コメの出来、不出来が命にかかわった生まれたての農耕社会。水の管理が極めて重視され、トップの号令で、民が力を合わせて利水や治水に努めたのだろう。時代は下り、新田開発や水運が盛んな江戸時代には関東の伝右川、小名木川、大阪の道頓堀など開削者の名を冠した用水や運河もできた。人々からの感謝がこもる。

▼長く結び合ってきた水と人のえにしに、温暖化の影響で生まれたスーパー台風は容赦なかったようだ。東日本の約50の河川で堤防が決壊、あまたの家屋が水につかった。田畑が減り、山も開発され、土地が水を保つ力が弱まる。そこへ例のない猛烈な雨が長時間降った。想定外が重なり、堤防の一部に限界が来てしまった。

▼暮らしを支えた産業が交代し、人口の動態もかわるなか、新たな治水策が必要に思える。かつて、まつられた水神は豊作をつかさどるとされ、田の神と同一視する地域もあった。秋の収穫後は山へ戻ったという。水源の森から川下まで流域全体が大事にされたのだろう。古いえにしが生んだ発想を今いかす時かもしれない。

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