春秋

春秋
2019/10/9付
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江戸時代は人相書きが犯罪者の指名手配書だった。たとえば、延享年間に東海道筋を荒らし回った日本左衛門の顔はこんな具合である。「濃い月代(さかやき)に引き傷、色白、歯並び常の通り、鼻筋通り、目中細く……」。東京都公文書館によれば「なかなか凄(すご)みのあるいい男」。

▼こういう顔つきの人は、しかし世の中にたくさんいる。お縄をかけるのにどこまで役立ったのか定かではないが、ほかに手立てのない18世紀の話である。お上としては、とにかく人相風体の特徴をいろいろ挙げて捜査網を広げるしかなかっただろう。やがて近代に入って写真が普及し、当局による「顔」の追跡も一変した。

▼それがうんと進み、いま中国では顔認証システムが犯罪取り締まりに威力を発揮している。いや、捜査のためだけではない。13億の国民を顔で特定し、監視するハイテク社会の到来である。折しも、市民のデモにいらだつ香港政府は覆面禁止法を施行した。人々のマスクをはぎ取って「本土なみ」をめざしたいのだろうか。

▼顔認証にはビジネスや暮らしを便利にする効用もある。しかし一歩間違えば、プライバシーも人権も忘れ去られるに違いない。香港の現状はそんな不安を募らせるのだ。ちなみに人相書きに頼っていた江戸の昔にも、幕府はたびたび覆面禁止令を出したという。権力者は古今を問わず、民草の顔をしかと見極めたいらしい。

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