春秋

2019/10/4付
保存
共有
印刷
その他

取られるのも怖いが、もらうのも怖い。松本清張の短編「弱味」は、それをあざやかに描いた作品だ。市役所のある課長が、愛人と泊まった温泉宿で服も荷物も盗まれてしまう。警察に届ければ秘密が露見する。慌ててすがった先は、侠気(おとこぎ)を売りものにする市議だった。

▼電話で事情を打ち明けると、相手は「はははは」と笑って一切を届けてくれた。窮地脱出である。ところが後日、市議は課長にやんわりと迫ってきて、公費を不正支出させた。そしてまた後日、こんどは郊外に建てた新築住宅を見せるのだ。「この家をね、失礼ですが貰(もら)っていただきたいのです。ほんのお礼のしるしです」

関西電力の会長や社長らが、高浜原発の地元有力者だった元助役から多額の金品を受け取っていた一件で、この話を思い出した。相手は地域の顔役である。コワモテでもあったらしい。そんな人物が現ナマだの金貨だのを菓子折りにしのばせて持ってくる。怖くて怖くて、とても突き返せなかったというのが関電の釈明だ。

▼そこだけ切り取れば、関電は被害者かもしれない。清張の小説でも、妾宅(しょうたく)を贈られた課長の動揺が哀れだ。しかしこうなったのは、あのとき助けてもらったからである。弱みを握られ、便宜を図ったからである。関電にもそういうことがなかったかどうか。あったとしたら何だったのか。こちらの物語は短編とはいくまい。

保存
共有
印刷
その他

関連キーワード

関連企業・業界 日経会社情報DIGITAL

電子版トップ



[PR]