途上国で知る医療の原点
SmartTimes 社会起業大学学長 田中勇一氏

2019/9/25付
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「医療の原点を教えてくれたミャンマーに恩返しをしたい」。NPO法人ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG、東京・荒川)代表の名知仁子さんは巡回診療や保健衛生指導、家庭菜園の支援を通してミャンマーの人々の健康を支えている。

1992年住友銀行(現三井住友銀行)入社。新銀行東京とイオン銀行設立に参画後、キャリア支援のリソウルを設立。2010年に社会起業大学を設立。公益資本主義推進協議会副会長。

1992年住友銀行(現三井住友銀行)入社。新銀行東京とイオン銀行設立に参画後、キャリア支援のリソウルを設立。2010年に社会起業大学を設立。公益資本主義推進協議会副会長。

医師を目指したのは高校生の時に父親が白内障を患ったからだ。患者から感謝されている眼科医を見て、自分もそうなりたいと思ったという。循環器内科の医師となり大学病院に勤めるが、医局内の派閥争いや女性活躍が難しい環境に疑問を感じ始める。

今後の生き方や働き方を考え、人間を人間としてまるごと受け止められる場所で働きたいと、2002年に国際緊急医療支援団体「国境なき医師団」に日本人として5人目の入団を果たす。最初のミッションは、タイ、ミャンマーなどへの派遣医療。途上国の医療現場は過酷だった。

現場には聴診器しかないことがほとんどで、血液検査はもちろん尿検査やCT検査もない。あきらめずに従事していくうちに、聴診器一本で患者一人一人と向き合うことに医療の原点があることに気づいた。

04年にミャンマーでの巡回医療で船上から降り注ぐ夕日を浴びたときには「ミャンマーこそ第2の故郷」という気持ちを抱くほど高揚していた。しかし、険しい国際医療の道と本人の経済性は両立しにくい。

そして08年、一時的に帰国し資金を蓄えようと考えていたときに進行性の乳がんが発覚する。残りの人生で何をすべきかを改めて考え、出した答えは第2の故郷の医療にすぐに献身することだった。

同年に前身である任意団体「ミャンマークリニック菜園開設基金」を設立する。巡回診療に菜園を加えた理由は、衛生や栄養の知識がないために下痢や感染病、栄養不良などで命を失ってしまう人たちを大勢見てきたからだ。

手術や抗がん剤での治療、放射線治療、リハビリを続けながら他のスキルも磨いていった。

12年に組織を改名し、NPO法人としての認可を受ける。社会起業大学でマネジメントを学び「ソーシャルビジネスグランプリ」でも見事に優勝した。

その後、15年にミャンマーで巡回診療と保健衛生活動、有機野菜栽培の実習を始めた。巡回支援がなくても健康を維持できるように村に保健衛生のリーダーを置き、公衆衛生や野菜作りを伝える役割を担える人材育成もしている。

その一方で、聴診器一本で医療にあたる現場こそ最先端機器に慣れた日本の医療従事者に必要と考え、日本からの若手医師や医学生の派遣も積極的に受け入れている。

ミャンマーへの貢献を通じて医療の原点に立ち返り、地球全体の利益を追求する名知さんは公益資本主義の担い手でもある。

[日経産業新聞2019年9月25日付]

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