春秋

2019/9/18付
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太平洋戦争の転換点のひとつは「ガ島」の戦いである。ソロモン諸島で最大の島、ガダルカナル島のことだ。1942年、日本軍は赤道の南のこの地域まで占領に及んだが、やがて米軍との悲惨な戦闘を強いられる。たくさんの餓死者を出した島は「餓島」と呼ばれた。

▼ずいぶん遠いところまで進攻線を広げておきながら、作戦は行き当たりばったり、補給は極めて不十分。将兵はその犠牲になったわけだ。しかし戦いの舞台にされたソロモン諸島は、もともと豊かな、おおらかな島々だった。78年に英国から独立し、大小1000もの島や環礁から成る新興国として国づくりを進めている。

▼戦後70年余、そのガダルカナル島への中国資本の進出が著しいという。中国は太平洋の島嶼(とうしょ)国に、さまざまな援助を持ちかけて進出を図っている。台湾との外交関係を維持してきたソロモン諸島だが、こうした攻勢のなかでとうとう中国との国交樹立を決めた。台湾を国際的に孤立させる戦略がまた一歩進んだことになる。

▼かつての日本は、第1次世界大戦でドイツからサイパンやパラオを手に入れ、南進路線を強めていった。「ガ島」の悲劇もその果てにあっただろう。そういう歴史に翻弄された太平洋の島々に、いま色濃くさす中国の影である。シーレーン確保の狙いも透けて見え、米国も警戒心を強めている。時代を隔てて、波音は高い。

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