春秋

2019/9/3付
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慣習、慣行を指すcustomは、複数形のcustomsになると関税や税関を意味する。慣習と関税に何の関係があるのかと思うが、そのわけを考えた一人が「経済学の父」、アダム・スミスだ。1776年公刊の「国富論」で関税について次のように書いている。

▼「それが慣行(カスタム)とよばれたのは、記憶を超えるころから行われてきた慣行的な支払いをいいあらわしているものと思われる」(水田洋監訳)。現在では、通行税を関税の起源とする説が有力だ。商人が都市を通る際、領主が慣習としてお金を取り立てていた。徴収は理屈ではない、といったニュアンスが関税にはあるのだろう。

▼米中の関税のかけ合いも、ほとんど慣行と化しつつある感がある。トランプ米政権は第4弾となる中国製品への制裁関税を発動し、中国も即座に報復した。むかしの通行税も商人には迷惑だったが、いま世界経済にとって困るのは、トランプ氏の今後の出方が読めないことだ。米中対立の影響を測りかねる重苦しさがある。

▼スミスは関税が商人の利潤への税だったとして、こう指摘する。「そうしたすべての税の最終的な支払いは、かなりの追加負担とともに、消費者にかかってこないわけにいかない」。米中首脳には国富論のこのくだりを頭に入れてもらいたい。関税合戦に慣れっこになり、異常な状態を異常と思わなくなるのがおそろしい。

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