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コシノジュンコ(25)キューバ

鬼門のカルダンに勝利 ショーの先陣争い 繰り上げで対抗

「コシノジュンコさんは社会主義が好きなんですか?」

キューバで初のショーを開催

人からよくこう聞かれる。

たしかに過去を振り返ると1985年に北京でファッションショーを開いて以来、ベトナム(94年)、キューバ(96年)など社会主義国で開催したことが多い。

別に深い意味はない。私はノンポリ人間である。政治問題やイデオロギーには疎い方だ。

理由は簡単。未知の地域に暮らす民衆にファッションという文化を伝え、同じ人間として交流したいという「祭の精神」に駆り立てられたのだ。個性や思想がぶつかる境目こそが面白い。それが「だんじり魂」にもつながる。

とりわけキューバには特別な思い入れがあった。

ファッション界の巨匠、ピエール・カルダン――。「一番乗り」を信条とする私にとって、カルダンはいつも鬼門だった。中国でも、ベトナムでも、大抵の国で先にショーを開催されていたからだ。

最初にキューバ行きのきっかけを作ったのはやはり夫の鈴木弘之さん。テレビ関係者から「キューバが面白い」という話を聞きつけてきた。

「それなら現地でファッションショーができないか?」

早速、キューバ大使館に打診してみると大歓迎され、全面支援も約束してくれた。さらにキューバ通として知られる小説家の村上龍さんにお会いし、様々な助言をもらったほか、現地で活躍する日本人の方も紹介していただいた。

96年3月、準備のために初めてキューバに飛ぶ。カリブの透き通るように青い海に真っ白な砂浜。街には欧州風の古びた建物が並び、パステル色に塗られた50年代のアメ車が行き交う。国民性は陽気で明るく、生活にサルサのリズムが染み付いている。一目で大好きになってしまった。

そんな時、私にとって鬼門だったピエール・カルダンの名前が耳に入った。9月にショーを計画しているらしい。私たちの予定は12月。このままではまた先を越されてしまう。そこで急きょ、8月に予定を繰り上げることにした。

先陣争いでカルダンにだけは絶対に負けたくなかった。

ところが思わぬ問題が私たちを悩ませる。キューバの8月が雨期の真っ最中なのを知らなかったのだ。毎日のように激しい雷雨に見舞われる。会場は高級キャバレー「トロピカーナ」と一般市民も参加できる公開施設「サロン・ロサード」。あいにく、どちらも屋根がない野外会場だ。

現地のダンサー約60人と20日間、1日8時間の練習を続けたが、バケツをひっくり返したような豪雨ばかり。せっかくステージをセットしても作り直しの連続だった。

「もし、本番も土砂降りだったらどうしよう……」

天に祈るしかなかった。

だが皆の必死の思いが通じたのか、幸運にも当日は雲一つない晴天に恵まれた。ショーの内容も私の生涯で会心の出来栄えになった。バネのような褐色の体のモデルたちが着こなす原色のコスチュームが、サルサのリズムに乗って白日夢のように乱舞する。

「今は夢、明日は歴史」

演出を担当した現地の名物プロデューサー、サンチャゴ・アルフォンソさんが笑顔で祝福してくれた言葉が、今も耳に心地よく残っている。

(ファッションデザイナー)

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コシノジュンコ

ファッションデザイナーのコシノジュンコさんは、実力で勝負する「だんじり魂」を原動力に世界で活躍してきました。ただ、その人生は七転び八起き。時代の最先端を走る一方で詐欺事件に遭うなど試練もありました。涙あり、笑いありの「私の履歴書」です。

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