2019年9月20日(金)

生物多様性 日本も再び関心を 欧州や中国、国際ルール作り意欲
Earth新潮流 日本総合研究所理事 足達英一郎氏

コラム(ビジネス)
2019/8/23付
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「生物多様性の損失」という状況が一向に改善されていない。政府間組織である「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)」は、今年5月に発表した報告書で、約100万種の動植物が絶滅危機にあるとの警鐘を鳴らした。

その絶滅速度は、過去1000万年間の平均に比べて10~100倍以上だという。現在の状況が続いていくのなら、2020年までに生物多様性の損失を食い止めるとした「愛知ターゲット」の達成は困難だとの見通しも示された。

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こうした事態に、「もう一度、国際的な協調枠組みと対策強化」にネジを巻こうと動き出したのが、欧州だ。

今年5月5~6日に、フランスのメッスで開催されたG7環境大臣会合では、「生物多様性のための国際的動員及びリーダーシップ」という議題が設定され、(1)生物多様性課題について変革的な行動の必要性を認識(2)「G7メッス生物多様性憲章」を採択。全ての関係する主体に本憲章への参加を要請し、取組を強化(3)2020年以降の国際的生物多様性枠組みを策定し実施する重要性を強調――といった内容がコミュニケに盛り込まれた。「生物多様性のための国際的指導者イニシアチブ」の発足も決まった。

6月にG20首脳会議出席のため来日したマクロン仏大統領は都内の講演で、2015年に合意された地球温暖化対策に関わる「パリ協定」と同等のものを、生物多様性保全に関しても作りたいとの考えを示したという。さらに、首脳会議にあわせ、王毅中国国務委員兼外交部長、ルドリアン仏外相、グテーレス国連事務総長の3人が会談を行って、気候変動と生物多様性損失の両方に取り組む緊急性を確認したとも伝えられている。

7月、次期欧州委員会委員長にフォンデアライエン氏が選任される際に発表された「次期欧州委員会政策構想」にも、「貿易、製造業、農業、経済の政策横断的に、生物多様性のための新たな基準を、我々は制定しなければならない。2030年に向けた生物多様性戦略を準備する」との文章が明記された。

このように欧州、とりわけフランスが「生物多様性保全」に前のめりになるのには、いくつかの背景がある。第一は、外交上の戦術だ。米国のトランプ政権は「パリ協定」脱退を打ち出し、温暖化対策に関わる国際交渉を頑なに拒否している。「生物多様性」ならば米国をテーブルに着かせることができる。

他方で中国は来年、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)のホスト国を務める。この分野をクローズアップすることは、中国の側面支援になる。

第二は、欧州の他の環境政策の追い風を作れるという読みだ。地球温暖化と並んで、足元の欧州の重点テーマは、「海洋プラスチック汚染」と「サーキュラーエコノミー(資源循環経済)」である。「生物多様性保全」を具体論で進めていけば、「海洋汚染防止」や「廃棄物の適正処理」、「科学物質の拡散抑制」に必ず行き着く。つまり、「生物多様性」に光を当てることで、足元の重点環境政策の説得力を高めることができるのである。

そして三番目は、「ブルー・エコノミー」とも表現される海洋関連の経済活動(海運、漁業、海洋資源開発、海洋バイオテクノロジー研究、炭素固定化など)への注目度が増すなか、自国や自地域に少しでも有利なルール作りを先導したいという思惑だ。

陸域とちがって海域では明確な国境線も統治ルールも未だ確立されていない。ただ、海洋の経済的価値が高まることは確実で、「生物多様性保全」という大義名分のもと、海洋ガバナンスのルール形成の主導権を握っておくことは、将来の自国や自地域の競争力を高めると判断されている。

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さらに、この一年ほどの動きで興味深いのは、「生物多様性のための金融」というコンセプトが誕生してきていることだ。一例をあげるなら、G7環境大臣会合では、OECDから生物多様性保全のために用いられる資金フローや金融スキームに関する分析報告書が提出された。

名古屋議定書を採択した生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)

名古屋議定書を採択した生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)

世界的NGOと大手保険会社は、投資行動の中に生物多様性問題を統合することの提言を発表している。将来、気候変動と同様に、生物多様性に影響を与える状況に関する報告制度が、金融機関や事業会社に示される日も遠くはないかもしれない。

現にG20大阪首脳宣言では、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)と「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)とが、同列かつ一対のものとして位置づけられた。

9年前、世界各地から180の締約国と関係国際機関、NGOなどのオブザーバーも含めて、計1万3000人以上が参加した生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)のホスト国を務めた日本。国内の「生物多様性」に対する関心は、このあと、必ずしも大きな高まりを見せることはなかった。

産業界でも、ごく一部の感度の高い企業を除いて「生物多様性保全」の取り組みが、温暖化対策並みに裾野を広げたとは言い難い。

しかし、今後、欧州や中国などの主導で国際的なルール作りが一気に進展する可能性がある。国の競争力や企業の機会とリスクの観点から、「生物多様性保全」のテーマが国内でも再び脚光を浴びることを願いたい。

[日経産業新聞2019年8月23日付]

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