春秋

2019/8/8付
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民俗学の父、柳田国男は明治末から大正初期にかけ、法制局参事官の職にあった。当時、担当したのが改元などに伴う恩赦だ。罪状により刑を一律に免除する大赦の事務処理は楽だった。しかし、情状や再犯の恐れなど個別に検討する特赦の判断は、骨が折れたという。

▼面倒な仕事は新参者に。役所の慣例により若き日の柳田は膨大な記録を日々、読み込んだ。ある凶作の年に、こんな事件があった。炭焼きを生業とする男が、飢えたわが子の顔を見るのがつらい、とあやめてしまった。「これくらい私の心を動かした特赦事件はなかった」と回想している。著書「故郷七十年」から引いた。

▼全国の児童相談所が2018年度に扱った児童虐待は、過去最悪の15万9850件だった。親の理不尽な暴力やネグレクトで、幼い命が奪われる事件が後を絶たない。外からはうかがい知れない閉じた親子の関係が引き裂かれ、痛ましい結末を生む。私たちは社会の一員として、どのような支援ができるのか。悩みは深い。

▼「親子」は血縁を指す。だが、本来はもっと広い意味だったと柳田はいう。例えば、漁師の網元と網子の関係を「オヤ・コ」と呼ぶ。地域とのつながりを含む言葉だったと説き、里親・里子制度が果たした役割などを研究した。悲しい事件簿を精読し、思索を深めた柳田の視座に学びたい。きょうは没後57年の命日である。

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