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記憶の空間(7) 「お祭り広場と太陽の塔」

東京大学教授 羽藤英二

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燎原(りょうげん)の火のごとく全国に広まった学生運動を横目に、1970年の開催を目指していた大阪万博に向けて、建築家、丹下健三の下で設計されていた磯崎新のお祭り広場と、岡本太郎の太陽の塔の構想は真っ向から衝突していた。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、最後には大屋根に54メートルの穴を開けることで双方のプランは決着する。

日本中から集まった子供たちは、エスカレータを登ったその先に巨大なお祭り...

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