/

この記事は会員限定です

記憶の空間(6) 「首都高速道路」

東京大学教授 羽藤英二

[有料会員限定]

戦後首都復興の中心とされた環状線建設計画は、石川栄耀らによって作成された内務省案などが太平洋戦争以前から存在していたとされる。戦後の復興計画が、ドッジライン政策により縮小される中、1950年代になって、町田保を中心とする建設省首都建設委員会などが中心となり、新設が決定されたのが首都高速道路である。

神田川や外壕といった河川上空は占有され、築地川などの運河は埋め立てられ、用地取得の容易さが重視された...

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り292文字

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン