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記憶の空間(4) 伊東忠太「東京都慰霊堂」

東京大学教授 羽藤英二

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地震と戦争が相次いだ時代だった。1923年9月1日に発生した関東大震災により、家屋は崩れ落ち混乱が続く中、陸軍被服本廠(ひふくほんしょう)のあった横網町公園は当時更地だったため、被災者が大勢避難した。発災後、火の粉が飛び火して巨大な炎の竜巻が発生し、旋風がその場所にふきこむ。退路を絶たれた約3万8千人は炎に嘗(な)め尽くされるように焼死した。

30年、伊東忠太の設計によって、遭難死者の遺骨を納め、...

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