はやぶさ2導く高専卒 電波が「見える」レベルの技能
高専に任せろ!2019 宇宙に挑む(上)

ニッポンの中核的技術者を数多く輩出してきた高等専門学校(高専)。その活躍の場は陸、海、空だけでなく、宇宙にまで広がっている。「高専に任せろ!2019」第1弾は、宇宙へのロマンを支える地上の星たちの活躍を追う。
探査機「はやぶさ2」。7月11日午前10時20分、地球から約2億5000万キロメートル離れた小惑星「りゅうぐう」への2度目の着陸(タッチダウン)に成功した。石や砂を収めたカプセルを2020年末に地球に持ち帰る予定だ。
ディスプレーと実際の「時差」13分をコントロールする
はやぶさ2に直接指令を出すJAXAの管制室(相模原市)。ここでは着陸の瞬間を伝える大きなディズプレーに誰もが視線を注いでいた。その中で座ったまま小さなモニターを凝視する人物がいたはずだ。JAXAの追跡ネットワーク技術センターの主任研究開発員、米倉克英さん(46)だ。

米倉さんははやぶさ2が管制室の指示で計画通りに動いているかどうか"健康状態"を電波のやり取りによって把握する。制御の根幹を担うだけに、送られてくる電波から目が離せないのだ。
地球から遥(はるか)かなた。ディスプレーに映し出される映像はリアルタイムではなく実際には約13分前の出来事だ。
管制室が歓喜にわいているころ、はやぶさ2は小惑星の地下物質のサンプルを採取して秒速65センチで上昇している。米倉さんにとっては電波と"対話"する、気の抜けない時間が続く。2月22日の最初のタッチダウン成功時もそうだった。
米倉さんは香川県の詫間電波高専(現香川高専)出身。中学時代に親戚から天体望遠鏡を借りてほうき星を観測しようとしたことで宇宙に関心を持つ。ロケット、衛星、天体――。「宇宙を知るには電波を知らないといけない」(米倉さん)。岡山の実家から瀬戸内海を挟んだ詫間高専で学び、JAXAの前身の宇宙開発事業団に入る。米倉さんをオンザジョブで指導したのも熊本電波高専(現熊本高専)出身の先輩だったという。はやぶさ2のプロジェクトには11年の当初から加わり、指令を送る管制システムの開発を手掛けた。
そして今、米倉さんの仕事をサポートするパートナーも豊田高専出身の領木萌子さん(25)だ。2人は9日まで、宇宙開発の中枢、筑波宇宙センター(茨城県つくば市)に詰めていた。はやぶさ2と通信する直径64メートルの巨大パラボラアンテナ(臼田宇宙空間観測所、長野県佐久市)の健全性維持や運用計画の調整を行うためだ。

パラボラの総重量は約2000トン。風や気温などの天候条件で微妙にゆがむ。はやぶさ2は本体がビニールの衣装ケースくらいの大きさで、重量約600キログラム。動いている探査機を追尾してコマンドを送る際、パラボラの微妙なゆがみは、かなたの宇宙ではとてつもない差となる。
設備に異常が発生・予見されても着陸が計画通り行えるように、直前まで高専コンビで準備を進めていた。天気予報では11日の臼田宇宙空間観測所周辺は曇りのち雨だった。パラボラに雨が降っても電波の伝わり方は違ってくる。気の遠くなるような作業だ。

「電波は見えないが、"見える"ようにならないといけない。イメージを浮かべて、それが実際に起こっている状況と合致するところまで技能を磨くことが大切です」(米倉さん)。
「何かあればすぐ手を動かす」のが高専流
領木さんは電気・電子システム工学科を卒業。もともと巨大な構造物が大好きな理系女子だ。高専時代に臼田の巨大パラボラを間近に見てJAXAで働くことを決意。就職の面接では「日本一大きなアンテナの面倒を見たい」と志望理由を熱っぽく語った。「パラボラを動かすには高専で学んでいる制御の知識が生かせる」と考えたからだ。電波の勉強は独学で行い、5年生の時に陸上無線技術士の資格も取った。
高専時代には「ロボコン」の製作のリーダーも務めた。ロボコンの大会に合わせて数カ月前から手順を考えるマネジメントは「今の仕事にも生かされている」(領木さん)。何か問題があればすぐに手を動かす、高専流の基本動作も健在だ。
(編集委員 田中陽)
[日経産業新聞2019年7月10付]
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