春秋

2019/6/22付
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急な岩場をはう。風に倒れた針葉樹を何本も越え、沢をわたる。時にはシャクナゲの花が迎えてくれた。何度か足を運んだ甲武信(こぶし)ケ岳や周辺の山々の思い出だ。3つの旧国名の頭文字を取った一帯が国連教育科学文化機関(ユネスコ)のエコパークに登録されたという。

▼豊かな自然に加え、それを生かした学びの場やツアー、さらには文化の継承や資源の活用も評価されてのことという。1都3県にまたがる地域は河川の源流として知られる。まず、首都圏を潤す荒川と多摩川。信濃川や富士川もここに降った一滴からなる。ふもとの長野県川上村は気候を利用したレタスの大産地で有名だ。

▼別名「奥秩父」とも呼ばれるこの地方の魅力は、登山界のパイオニア、田部(たなべ)重治によって広く伝えられた。木々と渓谷の美を流麗な筆致で描いた紀行文は岩波文庫で読むことができる。明治から大正にかけ、都会で英文学を講ずるかたわら、休みには夜行電車の客となって、仲間と山歩きを楽しみ、地元の人々と親しんだ。

▼毎年6月の第3土曜日には彼のレリーフが立つ縦走路の一角で神主や山小屋の人たちが「田部祭」を行って安全を祈願している。今年も15日にあったという。登録の前祝いのようでもある。これを機に田部の遺徳や先見の明を改めてしのびつつ、都市の西方に広がる原生林や谷を流れる水の恩恵に、時には思いをはせたい。

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