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石原信雄(10)岡山の部長時代

高度成長の現場 光と影 公害防止計画策定 第1陣に

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地方交付税制度を軌道に乗せると、1967年(昭和42年)4月、岡山県に赴任した。自治省では岡山と長野は難しい県だとされていた。どちらも教育県で理詰めで考える人が多く、勉強していないと理屈で負けると言われていた。

特に東京から出向してくる役人は県庁職員や地元の経営者に品定めされるという。私のポストは商工部長。初めての部長職で縁のない経済関係ということもあり、どう迎えられるか緊張していた。

商工部長の...

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石原信雄

内閣官房副長官として昭和から平成にかけて7人の首相に仕えた石原信雄さん。竹下登内閣では消費税導入、昭和天皇の崩御と改元に立ち会いました。「私の履歴書」では、幼少期からの足跡をたどります。

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