春秋

2019/6/8付
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先ごろ亡くなった京マチ子さん主演の「浮草」は、雨が印象的な作品である。小津安二郎監督が大映で1本だけ撮った、旅芸人の物語だ。中村鴈治郎演じる座長と愛人の京さんが、向かい合った軒下で、激しく降る雨をはさんで罵りあう。アホ! ボケ! 凄絶である。

▼小津には珍しい場面だが、沛然(はいぜん)たる雨が、行き場のない男女の感情の高ぶりに重なっていてため息が出る。2人の演技はもちろん見応えたっぷり。しかし雨自体も名脇役なのだ。などと思いをめぐらせば、この季節の憂鬱もすこしは晴れようか。心地よい初夏は足早に去り、ことしは関東甲信など東からの梅雨入りである。

▼雨が名脇役といえば、芭蕉の「奥の細道」の旅は元禄2年(1689年)の梅雨どきに東北を回っているせいか、よく降られている。もっともそれが道行きに味わいを与えた。現代でもこの時期に列島を旅すると、なんでもない景色が陰影に富んでいて驚くことがある。水蒸気が田園を、里山をゆるやかに這(は)う風情がよい。

▼煙雨、驟雨(しゅうう)、霖雨(りんう)、宿雨、甘雨……。雨にもいろいろあるようだから、日差しに見放された休日は、辞書を引いてそんな雨づくしを楽しむのも一興か。あるいは数ある雨の映画に親しむなら、京マチ子さん主演では「羅生門」も欠かせない。晴れればよし、雨もまたよし。もっとも豪雨、猛雨、暴雨のごときは遠慮願おう。

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