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石原信雄(8)鹿児島へ

屋久島で登山の目覚め 「敬天愛人」が座右の銘に

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鹿児島県に広報文書課長として赴任したのは1956年(昭和31年)8月。寺園勝志知事が各地で座談会を始めたころで、司会役として同行した。地元の人はあいさつは標準語だが住民の要望は鹿児島弁で聞き取れない。課長補佐に通訳してもらい、冷や汗をかいた。

鹿児島弁はフランス語のリエゾンのように前後の言葉をくっつける。赴任したころに「しゃあびぃもんそうかい」と誘われた。「塩浴び(海水浴)に行きませんか」という意...

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石原信雄

内閣官房副長官として昭和から平成にかけて7人の首相に仕えた石原信雄さん。竹下登内閣では消費税導入、昭和天皇の崩御と改元に立ち会いました。「私の履歴書」では、幼少期からの足跡をたどります。

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