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石原信雄(9)福田裁定

地方財政の基盤固まる 大蔵省との対立乗り越え

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1960年(昭和35年)6月、安保闘争のさなかの東京に戻った。ポストは見習いをした財政課の課長補佐である。霞が関では課長補佐が一番仕事をする時期だ。担当の仕事をする一方、課長や局長を補佐して対外的な調整もする。昼間は各省との協議や来客の応対をこなし、課内の仕事は夕方からになる。

大きな仕事が地方交付税を配る際、どの自治体にどのくらいの行政サービスの需要があるかを測る計算式をつくることだった。雪国は...

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石原信雄

内閣官房副長官として昭和から平成にかけて7人の首相に仕えた石原信雄さん。竹下登内閣では消費税導入、昭和天皇の崩御と改元に立ち会いました。「私の履歴書」では、幼少期からの足跡をたどります。

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