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石原信雄(6)茨城県庁着任

地方制度設計へ「下働き」 知事特命、原案作りに奔走

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1952年(昭和27年)春、地方自治庁に入った。といっても霞が関で働くわけではない。地方行政の過渡期で地方自治庁は新人の採用枠が認められていなかった。同期は33人いたが、いずれ東京に戻す前提で、旧内務省出身の知事のいる都道府県が預かる形で全国に散った。

赴任先の希望は、郷里の群馬に近く大学時代に下宿していた埼玉県を第一希望にし、第二希望は関西文化に憧れていたので京都府にした。だが言い渡されたのはな...

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石原信雄

内閣官房副長官として昭和から平成にかけて7人の首相に仕えた石原信雄さん。竹下登内閣では消費税導入、昭和天皇の崩御と改元に立ち会いました。「私の履歴書」では、幼少期からの足跡をたどります。

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