春秋

2019/6/2付
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「夏桑がしんと満州開拓史」(九鬼あきゑ)。日本農業新聞連載のコラムをまとめた近刊「俳句必携 1000句を楽しむ」(宮坂静生編著)をめくっていて、ふと、この作品が目に入った。旧満州(現中国東北部)移民の苦難を呼びさます句だが、すこし知識がいる。

▼明治のころ、日本の近代化に貢献したのは製糸業だった。養蚕農家はそれを下支えし、蚕がひたすら食べる桑の葉の茂る光景がいたるところに広がっていた。ところが昭和の世界恐慌にともなって生糸価格は暴落、食えなくなった人々は国策にこたえて新天地へ移っていく。桑と満州とは切っても切れない関係にあるのだ。

▼いま、このあたりの事情をあらためて教えてくれるのが、倉本聰さんが脚本を手がけるテレビドラマ「やすらぎの刻~道」だ。山梨県の小さな村を舞台にした劇中劇のなかで、その歴史は切々と描かれる。「満州へ行けば20町歩の土地が手に入る」「小作人も大地主さ」。夢を見た人たちの言葉の、なんと痛ましいことか。

▼満州へ渡った移民は27万人にのぼる。しかし敗戦で無一物となり、さまざまな悲劇が生まれた。そういう過去の先に現在があることを、令和の時代に、脚本家はあえて訴えているに違いない。ちなみに桑にはそろそろ、暗紫色の実が熟れる。これも夏の季語だ。最近はマルベリーと呼ばれ、ジャムの原料として人気らしい。

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