2019年6月21日(金)

春秋

春秋
2019/5/23付
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明治維新から20年たらず。東京の夜はまだ灯火も乏しく、街は暗い。そんな宵に、令嬢明子は馬車に揺られて鹿鳴館にやって来た。そこは瓦斯(ガス)の光きらめく別世界だ。明子はフランスの海軍将校と踊り、語り合い、淡い恋心を抱く……。芥川龍之介の「舞踏会」である。

▼欧米列強に一人前の国だと認めてもらいたいがために、当時、政府は極端な欧化政策に走った。日比谷の鹿鳴館はその象徴だ。そしてちょうどこの時期から、日本人の名前のローマ字表記が「姓・名」から「名・姓」へと変わっていったという。小説のなかの令嬢も、きっと名を先に記す西洋流になじんでいたに違いない。

▼長年の慣習が改まるだろうか。河野太郎外相は海外の報道機関に「姓・名」表記を求める考えを示した。文化庁も各方面に通知を出すそうだ。じつは19年前に国語審議会は、名前の形式は国ごとの文化や歴史を尊重すべきだとして転換を促している。現に、中国人や韓国人の名前はローマ字でも「姓・名」のケースが多い。

▼国語審の指摘を受け、英語の教科書は「姓・名」が大勢となった。しかし世間にはなかなか浸透せず、姓をすべて大文字にして区別するといった工夫もさほど普及していない。かの鹿鳴館はいま跡形もなく、曲折を経て、敷地には高層ビルが建っている。有為転変はかくも激しいのに、不思議なほどに固いこの岩盤である。

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