新潟開港 波乱の舞台裏
ハブ港として期待も わずか10年で退潮した真の理由 青柳正俊

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2019/4/16付
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日本経済新聞 朝刊
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江戸時代に北前船で栄えた新潟は、安政の五カ国条約で横浜や神戸とともに日本が開く5港の一つとなった。1869年の開港当初こそ外国船が年20隻近く入港したが、わずか10年あまりでほぼ姿を消した。地元では冬の荒天や港の浅さのせいだと言われてきたが、内外の外交資料をつぶさに読むと、明治政府が新潟の外国人に干渉し続けた事情が浮かんできた。

私は東京外国語大でドイツ語を学び、生まれ育った新潟の県庁に入った。…

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