2019年5月26日(日)

春秋

2019/3/16付
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中学校の英語で、「能動態」と「受動態」を学んだことを懐かしく思い出す。前者は、誰かが積極的に何かをする。後者は何かをされる、という受け身である。能動態では、人の意志が強調される。意志に基づく行動の結果には、責任が伴う。それが世間の常識である。

▼古代ギリシャ語に「中動態」というもう一つの文法があった。能動とも、受動とも断定できない状態を表した。現代社会で一例を挙げるなら、アルコール依存などによる暴力だ。自己責任だとして非難されるが、本人の意志だけでは克服が難しい問題である。哲学者、國分功一郎さんの著書「中動態の世界」に教えられた。

▼昨年、全国の警察が摘発した児童虐待事件は1380件で、被害を受けた子供は1394人に上った。おととい、警察庁が発表した。千葉県野田市の小学4年の女児虐待死事件など、胸が痛むニュースが後を絶たない。わが子を理不尽に傷つけた親が、法的責任を問われるのは当然だ。しかし、処罰だけでいいのだろうか。

▼虐待された子供などが身を寄せる、児童養護施設の建設資金を支援したNPO法人がある。彼らは最近、暴力をふるう親に、支援プログラムを受講してもらう寄付金を募った。虐待を、「過去に人として尊重されなかった痛みや悲しみを、怒りの形で子供に爆発させている行動」と捉えたのだ。國分さんの視座と響きあう。

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