母の病気、アマゾン・エコーショーで発見 便利さ・判断力の両立 教訓
先読みウェブワールド (瀧口範子氏)

2019/3/7 6:30
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NIKKEI MJ

昨年秋にこの欄で、日本に住む老親とのコミュニケーション手段探しに苦労し、いろいろ試した結果アマゾン・エコーショーにたどり着いた話を書いた。相手側の操作が不要なので、筆者が住む米西海岸からでもすぐにテレビ通話を始められる便利さがありがたいという内容だ。

日本の実家に置いてある「アマゾン・エコーショー」

日本の実家に置いてある「アマゾン・エコーショー」

実は今年に入って、そのテレビ通話で一人暮らしの老母の脳梗塞を発見した。ある日、呼び出してしてみると、老母の姿が見えず言葉にならないうめき声が聞こえたのだ。再度アクセスすると、本人がスクリーンの前に座っているものの、表情もおかしく、やはりろれつが回っていない。

びっくりして、老母を担当するケアマネジャーさんに電話した。十数分後にはケアマネさんが来てくれて、母は一命を取り留め、幸いにも回復に向かっている。

もしこれがなかったらどんなシナリオになっただろうか――。最近は、そればかり考えている。そこには、相手の様子が目で見てわかった以上の意味があると思う。

テレビ通話が日課になっていたことで、母はとりあえず顔を見せなければという気になってくれたことだ。最初アクセスした時、母はおそらく倒れていたはずだ。だが、筆者の呼びかけの声が聞こえたため、もうろうとしていた中で椅子に座っていつものように顔を見せてくれた。「習慣付け」と呼ぶらしい。

また、ケアマネさんや救急隊員がやってきて、母を救急病院へ連れていくまでの一部始終が確かめられたことの安堵も大きい。こちらからも昨日までの様子を伝え、母が自分で生年月日を告げる様を確認できた。

ところで、事態をさらに悪くさせた要因があった。筆者の自宅地域で数時間前に始まった停電だ。大雨が原因だ。インターネットが使えず、電話機を取り上げても電源につながる多機能電話が通じない。幸い日米用2台の携帯電話があったので、1台で鈍いデータ通信でエコーショー・アプリを通して実家の様子をモニターしつつ、もう1台で方々へ電話をかけることができた。停電のなかロウソクや懐中電灯を使っても、発光ダイオード(LED)照明に慣れた目には家の中が暗すぎて、書類探しにも苦労した。

たきぐち・のりこ 上智大外国語(ドイツ語)卒。雑誌社、米スタンフォード大客員研究員を経てフリージャーナリストに。米シリコンバレー在住。大阪府出身。

たきぐち・のりこ 上智大外国語(ドイツ語)卒。雑誌社、米スタンフォード大客員研究員を経てフリージャーナリストに。米シリコンバレー在住。大阪府出身。

スクリーンで向こうが見えることの落とし穴もあるとも感じた。というのも、母が顔を見せてくれた時、彼女は何食わぬ顔でコーヒーカップを手にして、「習慣付け」されたおしゃべりの様子を見せていたからだ。

脳梗塞であることは本人が自覚していないこともあると知らなかったので、「何もなかったのかな」とうっかりとだまされそうになったのである。そんなこと起こって欲しくない、という気持ちも働いていただろう。

スクリーンを凝視してかろうじて片側が下がった唇をはっきりと目にし、「これはどこかで読んだ脳梗塞の症状だ」と決断するまで少し時間がかかった。スクリーンは、現物を直接見るほどはっきりと状況を伝えてくれるものではないということを、今回の経験は教えてくれたと思う。

この出来事で自分に言い聞かせている教訓は、ネットの便利さを享受する人間と、ネットや電気などない「便利以前」の環境でも生き延びて判断できる人間の両方を、自分の中で両立させたいということだ。

[日経MJ2019年3月3日付]

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