春秋 - 日本経済新聞
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春秋

このせりふは名作の傷ではないか。小津安二郎監督の「東京物語」について、脚本家の山田太一さんには長く疑問に思う場面があった。原節子が、亡くした夫の父親である笠智衆から再婚を勧められ、「私ずるいんです」と繰り返す。もう忘れている日も多いのだ、と。

▼死別から8年。夫婦でも思い出さない日があって当然であり、「ずるい」はきつすぎる。そんな山田さんの疑問は、軍服姿の小津の写真を見て氷解する。亡夫は戦死した。つい8年前の大戦によるおびただしい死者を、自分もなかば忘れている。監督は女優の口を借りて自身を責めたのだとエッセー「小津の戦争」に記す。

▼2011年3月、東日本を大きな揺れが襲った。戦後ならぬ「災後」の新しい日本を皆でつくろう。そんな呼びかけが街に流れ、多くの人が暮らしや生き方を見つめ直した。あれから8年がたち、復興を掲げた五輪の開催も迫る。しかし被災地以外では、津波も原発事故も「思い出さない日」が増えたのが実情ではないか。

▼批評家の東浩紀さんが震災の年に発表した一文がある。題は「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」(「思想地図β」第2号)。復興のあり方や原発事故を巡り、むしろ分断が加速する。政府への不信感や、将来は考えても無駄との諦めが広がる――。予見が当たったか否か、一人ひとりがこの8年を点検したい。

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