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魯迅 日本人青年との友情

地下生活や上海事変を共にした文豪と画家の卵 横地剛

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玄界灘に突き出した糸島半島(福岡県糸島市)にはかつて、近代中国文学の父である作家・魯迅が自ら碑銘を記した墓が立っていた。「鎌田誠一墓」と彫られた墓石は西海のかなた、中国・上海を向いていた。

鎌田誠一(1906~34年)は若くして上海に渡り、当地の知識人が交流するサロンとなっていた内山書店に勤務していた。店主の内山完造の命を受けて魯迅の身辺の世話をするようになる。誠一は油絵をよくし、東京美術学校(現...

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