2018年12月11日(火)

春秋

春秋
2018/12/7付
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「決して部屋をのぞいてはなりませんよ」。日本の昔話に、こんなフレーズが出てくる。「鶴の恩返し」や「見るなの座敷」などだ。約束を守るよう言い含められていた男性が我慢できず禁を破ると、命じた女性は悲しげに立ち去り、男性は山中にぼうぜんと残される。

▼心理学者の河合隼雄さんは、これらの物語を分析し、こんなふうに述べている。「完結に至るまぎわに、プロセスが突然停止し、それが美的感情を引き起こす」。その感情が日本に特有の「あわれ」なのだという。唐突に大切な何かを失う悲しみは和歌や、現代の村上春樹さんの小説にも通底するテーマのようにも思える。

▼街で日ごとにクリスマスのムードが高まる。ショッピングモールやホテルのロビーで大きなツリーを見るたび、●(歌記号)雨は夜更け過ぎに、と始まる山下達郎さんの歌が口をついて出る人もいようか。●(歌記号)きっと君は来ない、と続く詞も、大事な人を失ったか失いつつあることを思わせ、バロック調の間奏とあいまって余韻は深い。

▼この歌「クリスマス・イブ」は昭和58年の発表だった。バブル生成と崩壊を経て、その後の「失われた」と冠される何十年か歌い継がれてきたわけである。ヒトかモノか、それともカネか。多くの人が喪失の悲しみをこの季節、この旋律に託してきたのだろう。一体、どんな禁を犯したかな。考える間に師走が刻々過ぎる。

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