春秋

2018/11/25 1:08
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予測の2倍を超す6400万人が訪れた1970年の大阪万博。美術愛住館(東京・新宿)がきょうまで開いている「万国博覧会展」は、映像や模型を通じ当時の熱気を伝える。規模の大きさと意匠などの先端ぶりに、こうした催しがよく実現できたと改めて感心する。

▼万国博は単なる国際見本市ではない――。開催の4年前、理念作りや展示立案に関わった作家の小松左京氏がそんな一文を発表している。企業人、学者、デザイナーが集まり、人類の課題をあぶり出し、解決策を提案する。知の出会いは会期中も続く。万博は未来への手がかりをつかむ手段であり、目的ではないと説いた。

▼国が一丸になったと思われがちな大阪万博だが、準備は穏やかに進んだわけではない。理念を説く関西文化人集団は東京の役人に煙たがられた。「太陽の塔」案では建築責任者と提案した芸術家がけんかになった。街で反博(万博反対)運動もあった。そんな緊張感もいい意味での危機感を生み、斬新な企画につながった。

▼2025年、再び大阪に万博が来る。70年万博のしかけ人で元通産官僚の堺屋太一氏は近著「地上最大の行事 万国博覧会」で、前例のない催しだからこそ利権もなく、20代、30代が活躍できたと振り返る。次も緊張感、自由闊達、挑戦心をもって準備に臨めるか。昔を知る世代がしゃしゃり出すぎないことがカギになる。

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