春秋
「名画はどこで観(み)たって名画だ。けれど夏の夜空に咲く花火を、家の狭いベランダからではなく、川の匂いと夜風を感じる川辺で見上げればひときわ美しいように、映画館で観れば、それはいっそう胸に沁(し)みる」――。原田マハさんの小説「キネマの神様」から引いた。
▼名作は大輪の花火だ。それを打ちあげる川辺である街角の名画座の灯を守りたい。そんな思いを抱く市井の人々の連帯を描く物語だ。この秋、劇団「青年劇場」が、本作を舞台化した。冒頭の一節を、そのまま役者のセリフで再現していたのが印象的だった。主人公の愛すべき映画狂のモデルは、原田さんの実父だという。
▼封切りはシネコン、過去の作品はネット配信で。近年の風潮に一石を投じたのが、「午前十時の映画祭」だ。映画演劇文化協会などが、2010年から「第三の男」「鉄道員」ほか200本以上の名作を低料金で公開。上映館は全国58カ所に広がった。現在、デジタル復元した溝口健二監督の「近松物語」が掛かっている。
▼主演の香川京子さんのなんと美しいことか。毎朝、名画に出合える幸せをかみしめた。が、先日、主催者が来年度で興行を中止する、と発表した。再上映の権利許諾の手間や、デジタル化の経費が増え、赤字が続いているからだ。もし、キネマの神様がいるならば……。存続に力をお貸しいただけないか。文化の日に思う。
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