春秋

2018/10/30 1:10
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身辺を公にすることを好まなかったとされる作家だが、1980年から3年間の軌跡が本として残る。「清張日記」は執筆や講演の記録に加え、歴史への洞察も盛られ、興味は尽きない。当時70代前半。松本清張は多忙な中、都内の各地で古本を物色することもあった。

▼81年1月5日は、午後から吉祥寺の東急百貨店の古書市へ。明治時代の美術雑誌などを見つけた。3月21日には五反田であった「城南古書市」で雑誌「三田文学」の戦前の号を求めている。日記には同時に、無意味に徒党を組んで会合を持ったり、一部の人をのけ者にしたりする同業者の習性を冷ややかに見る記述も残る。

▼探究心の赴くまま、取材と執筆にまい進した作家らしい。折から秋の夜長。もうすぐ木枯らしの便りも聞こえようかという時分の「読書週間」である。孤高の作家のように大作をものする目的はなくとも、書に没頭する良い季節。同僚らの誘いをやんわり振り切って、紙ずれの音や茶の香りを友とするひとときもよかろう。

▼「旅人と我名(わがな)よばれん初しぐれ」。松尾芭蕉の紀行文「笈(おい)の小文」の最初の句である。東海道を行く秘めた決意がにじむようだ。どこか、難度が高めな本を開く際の気持ちにも合う。じりじりと進めば、やがて、どこからか「もし、旅のお方よ」との呼びかけが聞こえてくるかもしれない。時空を超えた道連れであろうか。

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