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前橋汀子(9)ソ連へ

訴え続けた留学かなう 「人と比べるな」と斎藤先生

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「ソ連に行きたい」。東西冷戦下にもかかわらず、思いは募った。折しも私が中学に入った1956年、日ソ共同宣言でソ連との国交が回復する。私はまだ何のあてもないのに、代々木にあった日ソ協会でロシア語を学び始めた。

講座は日曜の午後1時から4時間ぶっ通しで続いた。私のほかは中年のおじさんばかりで、教科書には日常会話ではなく、マルクスやレーニンなどの難しい話が並んでいる。私はいかにも場違いな子供だし、ちんぷ...

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