「好き」を仕事にする勇気
SmartTimes 社会起業大学学長 田中勇一氏
「書いて生きる」。3年以上前になるが、当時、東京国税局に勤めながら社会起業大学に通っていた小林義崇さんが、修了式の最終プレゼンテーションで自分自身の今後の生き方・働き方を宣言する際に用いたのが、この言葉。

小林さんは、公務員の仕事にやりがいを感じつつも、もっと社会に貢献できる働き方を見つけたいと、社会起業大学の門をたたいた。ここでさまざまなビジネスを学んだり考案したりしたが、結局自分が好きで本当にやりたいことは文章を書くことだということを再認識する。
過去にブログの内容を気に入ってくれた読者から「文章を書き続けてほしい」と熱いメッセージをもらったことがあった。そこで小説を書くことに挑戦したが、その時は良いアイデアが思い浮かばず、仕事の忙しさにかまけて中断、忘れてしまっていたのである。
心からやりたいことに気づいた小林さんは「ブックライター」という職業があることを知る。著者として表示される人物(著作名義者)に代わって執筆する人のことで、存在しないことを前提とする「ゴーストライター」よりもポジティブな職業として位置づけられ、米国では定着しているという。
本業が多忙で執筆する時間が無い、一冊の本を書ききるほどのスキルは無いという人たちにもメッセージを提供する機会を与えることができる。社会が必要とする情報の発信に制約はない。この仕事が天職のように思えてきた。
さっそく行動を起こした。「職業、ブックライター。」の著者、上阪徹氏が主宰する「ブックライター塾」1期生として学び、そこからライターや出版社、メディアとのネットワークが広がると「独立したら仕事をお願いしたい」という声がかかるようになった。
準備を進める中で障害となったのは、妻と母親の反対。不安定な収入がその理由だ。長年の苦労からか、安定的な公務員になったことを誰よりも喜んだのは母だった。しかし小林さんの強い決意の前に2人の態度も徐々に軟化していった。
そして昨年、いよいよ東京国税局を退社しフリーランサーとしての活動をスタートさせた。最初の月収こそ公務員時の半分以下となったが、仕事は着実に評価され依頼も増えていった。独立して1年、収入は以前に追いつきつつあり、心の充実度はそのはるか先を行く。得意のスキルを生かし、心からやりたいことを勇気を振り絞って始めたからこそ開かれた新たな世界。小林さんの選択は、多くの会社員や公務員に希望を与えるだろう。
社会全体の利益を重視する公益資本主義の担い手による持続可能な社会貢献活動の見本といえる。自分らしい新しい生き方・働き方を実践する社会起業家が多数生まれていくことを今後も期待したい。
[日経産業新聞2018年10月5日付]