2018年11月21日(水)

春秋

2018/9/13 1:14
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昭和も終わりのころ、首都圏が大停電に見舞われたことがある。1987年7月23日午後、折からの猛暑で電力需要が急増、複数の変電所がダウンして影響が280万戸に及んだのだ。最大3時間余で復旧したが、バブル真っ最中の日本はしばしの「暗黒」を体験した。

▼エレベーターが止まった、信号機が消えた、銀行のATMが使えない、病院がパニックになった……。当時の新聞は騒ぎを詳しく伝えている。その様子は、今回の北海道の地震によるブラックアウトの光景に重なる。もっとも、世の中の電力依存が進んだ現在は事態がはるかに深刻だ。あの衝撃に遭遇してそれを痛感した。

▼1週間前のきょう未明、函館市のホテルで大きな揺れに襲われて跳び起きた。部屋も窓の外も闇である。やがて水が出なくなり、トイレも流せない。情報を得るのにスマホだけが頼りだが、電池残量40%。コンビニに走るも充電器は売り切れ、パンを買おうとするがレジが動かないから大行列だ。電子マネーも無力である。

▼青森へのフェリー乗り場は客があふれ、切符を手にするのに3時間。手作業での発券ゆえに時間がかかるという。昔なら当たり前のことが難しくなっているのだ。昭和末期の大停電はバブルの喧噪(けんそう)とともに忘れられ、備えが足らぬままに電気頼みの生活は加速した。そして平成の終わりに、この暗黒が立ちふさがっている。

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