推理小説・SFで描く戦争 苦難の日常、際立つ物語性

戦争を題材としたミステリーやSFの注目作が相次ぎ刊行されている。戦場や戦時下の日常など重苦しい状況を描きながら、小説としての面白さも追求している。
第2次世界大戦中の北ビルマ。日本軍の小部隊はイカダで河を下る際に敵機に襲われ、かろうじて中州にたどりつく。そこへ流れ着いた刺し傷のある味方の遺体。自殺か、他殺か。疑心暗鬼を募らせる隊員たちだったが、その後も1人を残して全員が命を落とす。

サスペンスに満ちた戦争ミステリー「生き残り」(KADOKAWA)を7月下旬に刊行した古処誠二(48)。毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞を受賞した前作「いくさの底」に続き「エンターテインメント性を最優先にした」と話す。それは謎解きの面白さにも表れているのだろう。
2000年に作家デビューして以来、数年間は現代ものも手掛けたが、それ以降は戦争小説を一貫して書いてきた。「もともと戦記や戦争に関するノンフィクションを読むのが好きだった。事件や出来事がヒントとなり、創作意欲が刺激される点は現代ものと変わらない」
航空自衛隊に7年弱所属していた。「軍隊の仕組みを理解しやすいのはメリットかもしれない」という。「体験していないのに戦争が分かるのかという批判があるのは覚悟している。でも経験者でもとらえ方には違いがあると思うので」と述べ、多様な戦争のかたちを描いていく考えだ。
ありのままで

直木賞選考委員の浅田次郎(66)も戦争ミステリー「長く高い壁」(KADOKAWA)を2月下旬に出版した。日中戦争さなかの1938年、従軍作家として北京に派遣されていた流行作家が、万里の長城で起きた日本軍の守備隊10人の変死事件に挑む。
「戦地では何が殺人になるのかといったことを考えるうちに、初めて本格的なミステリーを書くことになった」と浅田。「自分が同じ立場だったらどうしただろう」と考え、従軍作家を探偵役に選んだという。作家と相棒役となる検閲班長とのやりとりがユーモアを感じさせる一方で、戦争の深い闇も迫ってくる。
浅田も若いころ、陸上自衛隊に在籍した。「軍隊に興味はあるが、戦争に関しては調べれば調べるほど怖くなるし、嫌いになる。しかし、日本の戦争文学は自然主義文学の流れを引き継ぎ、人間をありのままに描いた作品が多い。その伝統は守っていきたいと思う」と述べ、戦争を題材とした小説をライフワークととらえている。
警察小説で知られる堂場瞬一(55)も7月中旬に第2次大戦終戦前後の東京を舞台とした「焦土の刑事」(講談社)を刊行した。戦時中にもみ消しされた連続殺人事件に、刑事が元特高の友人と向き合う。
思い起こす契機に

エンターテインメント小説と純文学の両方で活躍する宮内悠介(39)は、第2次大戦中の人々や街の風景が2020年の現代の東京と重なるというSF短編を発表。芥川賞候補にも選ばれた同作を表題作とする短編集「ディレイ・エフェクト」(文芸春秋)が2月上旬に出版された。
「戦時中の暮らしと現代日本を比べるというのは、オーソドックスなSFの発想といえる。でも第2次大戦から時間がたった今、ディティールを描くことで戦争を思い起こすきっかけになればと考えた」と宮内は振り返る。
空襲を受けた側だけでなく、兵器製造に関わった側の視点も盛り込んだ。「戦争は被害に遭うこともあれば、被害を与えてしまうこともある。戦争に反対するなら、それを忘れてはいけないと感じた」
米西海岸を舞台にした「カブールの園」(三島由紀夫賞)など、これまで海外を描くことが多かったが、「ディレイ・エフェクト」は「自分の足元である日本を見直す作品」になった。戦争小説は作家にとって新たな挑戦の場にもなっている。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2018年8月14日付]
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